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| 2016.07.25 Monday | | - | author : スポンサードリンク |

長男、家族を恥ずかしがる。

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自我が芽生えるとき、誰しも訪れるものが長男にもやってきました。
自己に関わる他者を認識したとき、それをどう捉えるか。
意識しだすと距離感が分からなくなる。
そういうことがあります。

手をつないでいる場面を友達に目撃されると恥ずかしい。
きっかけはそんなことだったかな?

今日、学校で災害時の引渡し訓練があって、合流したんだけど、たえず物凄く距離をとるようにしていました。

まあそういう時期もあるさ。人間だもん。



ぼくの自我が芽生える頃はどうだったかなあ。
すごく意識したことがあったけど、それは自意識が過剰なだけで誰も気にしちゃいないと気が付いたんだか、独立しようと思っても経済的な障壁にビビッて気付かないフリをしたのか、みんなで一緒に出かけてこれも悪くないとおもったか。

たぶんそれら全てを何年も掛けて、繰り返し繰り返し体験しているうちに、大きくなったきがする。
そして働き始めてから、僕と家族の間でペースが会わなくなったというか、相容れない考え方があって、同時に経済的にお世話になる必要性もなかったから家を出た。

思い返すと、子供というのは大抵の場合はじめから家族という器がある(もちろんそうじゃない人も大勢いる)。
あまりにも自然で身近すぎるから、家族という関係が無くなったら本当の所どうなるのかわからなくって、それを自己の尺度でどれくらいの重要度として打ち出したら良いかわからなかった。

家を出ることで家族の関係をほとんど無くし(絶縁じゃないが共通の生活基盤も共通の認識も無くなった)、その後結婚して、ずっと一緒にいたい人と新しい家族を作ることにした。
新しい家族は、僕と嫁さんがいろいろなケアをしないと、たぶんあっというまにしぼんでしまう。だから今度は、家族っていうものがどれほどかけがえの無いものかがよく分かる。ありがとうよ>嫁。

おそらくセガレはいま、ちょうど少年の頃の僕と同じようなところにいるのだろう。
やがて時が経ち、セガレに自己が確立したときに、もしかしたら、この家族との別れが必要になるのかもしれない。
セガレが彼自身の人生や家族の大切さを心から学ぶために。

しんみりしちゃうけど、やがて終りが来る限りある時間だからこそ、大事に大事に送りたいと思う。
| 2006.09.03 Sunday | 23:36 | 子どもを通じた考察 | author : チチ |

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| 2016.07.25 Monday | 23:36 | - | author : スポンサードリンク |
子どもの成長って、おもしろいけど、ちょっぴり切ない。
それを見ることができる僕たちって幸せです♪
この幸せに感謝。
今日この日にそう思います。

あ、日付変わりました。。。
| セニョール | 2006/09/12 12:08 AM |









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