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| 2016.07.25 Monday | | - | author : スポンサードリンク |

この世に天国というものがあるとしたら。

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目黒駅地下 好運楼 チンジャオロース弁当 美味
それは、人が人のことを、ちょっとでも思いやったところにあるのかな。と、思い至ったはなし。




五月に入ってから、掛けた労力が実らなかったり、足踏みさせられることが多いです。

買ったばかりの液晶ディスプレイが初期不良で使えなかったり、

エレベーターに乗ろうとすると、かならず行かれてしまったり、

電車待ちの列に割り込まれることが多くなったり、

取材のブッキングをするにも関係者のタイミングが噛合わなかったり、

たまには受け取ってやるかと手にしたクーポンマガジンが、表紙が破れたみすぼらしいものだったり、

ビリーズブートキャンプが結局買えなくて、ブームを尻目に黙々と筋トレをすることになったり、

お客さんからプレッシャーを掛けられる事態になったり。

そんなわけで、自然と気分が落ち込むことが多くなっていました。




でも、ある日。

やるべきことに追われて、ランチの時間を完全に逃した午後3時過ぎに、お昼を買いにいきました。場所は目黒駅の地下にあるお惣菜売り場のお弁当屋さんです。

ランチタイムにあわせて箱詰めされたお弁当は、もうすっかり冷めています。それでも選択肢がこれしかないから、仕方なく冷めた弁当を食べるのですが、酢豚や八宝菜は、やっぱり暖かいほうがおいしい。なにより、ご飯が格段においしい。いつもはそんなことを思いながらも、黙って食べていました。

しかし、その日チンジャオロース弁当を買った折、ふと、このフロアのどこかに電子レンジがあったのを思い出しました。

この弁当は温かいほうが絶対においしい。ぜひとも暖めるべきだ! と思って、お弁当屋のおばさんに、「あのう、このフロアに電子レンジってありますか?」と聞いてみました。

おばさんが「あの柱のところにない?」というので、教わったほうを見やると、そこには何もありません。どうやら撤去されたようです。

たぶん僕の顔に、冷めた弁当じゃ不満だといわんばかりの表情が表れていたんでしょうね。

「全然ないですよ」というと、「じゃあ、こっちで暖めてあげるよ。ちょっと待っててね。」といって僕のお弁当を持ち、お向かいにあるラーメン屋さんの横の厨房スペースに入っていきました。

おばさんは自分が今いる店舗に電子レンジがないので、わざわざ離れた場所にある業務用のレンジで暖めてくれたんです。

もうなんだか有難いやら、恐縮やら、とにかく「暖かくて美味しい弁当を食べさせてあげよう」という気持ちが伝わってきて、とても感激しました。




その日もなんとなくツイテない日でした。小さなアンラッキーに囚われて心が沈んでいくと、ひどく恨めしい気分になったり、自暴自棄にな気分でしたが、僕のために人が優しくしてくれたことで、今日は悪くない一日だと思えてきました。

単純なんですがね。

こういうことで救われたりするんだなあと思い至ったのです。

ありがとう、おばさん。




そういえば、関連してもうひとつ。

おばさんが優しくしてくれたその一瞬を想像するにこんな思考だったんじゃないかな。

「自分は相手のために何ができるんだろう。」

僕とおばさんの場合は1対1だったけど、この思考を1対多数で考えている人の話を思い出しました。

広告の世界で、非常におもしろいプロジェクトを手がけてきた人の談話で、「自分は多くの人に影響を与えてしまう立場にいるのだから、だったらプロモーションに触れてしまった人が少なくともハッピーになれるように、できるかぎり努力しなくてはいけない」という話を読んだことがあります。

そこには「貴重な時間を取らせてごめんなさい。美しい空間に割り込んでしまってごめんなさい。」という遠慮がありました。広告って、どうしても無理やりねじ込んだ感があって、人から煙たがれることが多いでしょ。

そういう場から人の目や耳、時間を借りるなら、クリエイターや広告主が満足すればそれで良いというだけではダメで、見た人が良いもの(愉快さや、センスオブワンダーなど)を得られるように配慮する責任があるとの決意を感じることができます。




「自分は相手のために何ができるんだろう。」
そう考えて、そしてアウトプットするのは、基本にして欠くことができないものだなと再認識した次第です。

この世にもしも天国があるとしたら、そういう心の動きによって行われたことに触れた場合に感じることで、それは生きている人が為す事でも感じられるだろうし、死んでいった人が遺した事からでも感じられるんだろうな。


| 2007.05.23 Wednesday | 00:00 | 楽しく暮らす | author : チチ |

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| 2016.07.25 Monday | 00:00 | - | author : スポンサードリンク |
ご無沙汰しています。
良きお話、出来事ですね。参考になりました。

私も落ち込んでいる時は何度もありますが、ちょっとしたこと、ちょっとした一言で、気持ちというものは変わりますね。

もしかしたら今回のおばさんのご対応は、おばさんにとっては当然のことで、いつもどんなお客さんにも、違った場面での違ったアプローチでありながらも、お客さんにはこんな姿勢で対応されているのだと思います。無意識のうちに。

多忙なときに、自らはこのような対応、心の持ち方を忘れがちで、落ち込んでいる時に、このような対応に、ふと自らを省みる。

そんな積み重ねを多数していきたいですね。人間として成長するために。
| 小島愛一郎 | 2007/05/23 10:54 AM |









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